なかなか身にしみる言葉なので、
書き留めておきます。


『チャンスは一瞬だけ、
後悔は一生もの。

勇気は一瞬だけ、
得るものは一生もの。

考える前にアプローチすることが肝心。』


毎日、購読してるメルマガ「平成進化論」より抜粋


そうでありたいものの、

なかなか難しいのも事実。


今日もガンバロ~。




  

Posted by kosshii46 at 11:15Comments(0)名言
今日はイイ天気ですね~。

今日もがんばってブログ更新です。


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過去の記事

第一回 社会人生活の振り返り 【卒業~阪急交通社入社時代(1997)】

第二回 【直心寮(1997~1999)】

第三回 【阪急ブルーインズとの出会い

第四回 【人事異動(1998)】

第五回 【上昇気流(1998~1999)】

第六回 【西へ・・(1999)】

第七回 【決断~リスタート(2000)】

第八回 【越野宝商に入社(2000~2001)】

第九回 【ブルーインズの躍進(2000)】

第十回 【意識の低い宝石屋の二代目(2001~2005)】

第十一回 【阪急ブルーインズ二度目の挑戦(2001)】

第十二回 【阪急ブルーインズXリーグ昇格(2003)】

第十三回 【まさかの悲劇(2004~2006)】

第十四回 【新しい船出(2008)】

第十五回 【誇らしい出来事】

第十六回 【大逆転劇(2003~2004)】

第十七回 【インターネットに挑戦(2008~2009)】

第十八回 【転機(2008~2010)】

第十九回 【ブルーインズ 苦しみの果てに(2005~2010)】

第二十回 【出口の見えない迷路(2009~2011)】

第二十一回 【ちいさな一歩(2011)】


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おぼろげながらに、目標も見え、

そして汗水たらしながら邁進する日々。


しかし、そんなちょっとした努力を繰り返すだけでは、

ハッピー!!っていう展開にはならないですね・・・。


会社を運営するには、当然のことながら、

収入 > 支出

は必須項目。

歴史のある会社は、培ってきた財産を上手に減らしたりしながら
会社を運営していくことが可能でしょうが、

まだ新しい会社で資産も歴史もない会社では、長期における赤字は会社の存続を
危うくするものだと思います。


将来に展望があれば、金融機関からの借り入れ等でしのぐことも可能でしょうが・・。


いよいよ、将来について考えなければいけない時期にさしかかってきました。


同じようにやってたら、何も変わらない・・。


自分の頭の中を

「転職」

その言葉が多く占めるようになってきました。



一方で、箕面に本拠地を移した時から、常に僕の頭の中を

離れなかったこと。


「お店を持つ」


という選択肢。


常に考えながらも、

・ 業界自体が下降線を辿っている

・ 固定費が上昇する


専門家たる人に、色々と相談をさせていただいても、多くの方が

どちらかといえば、

「店舗反対派」

でした。


中には「店舗推進派」の意見をいただいた方もいましたが、

自称「慎重派」の自分としてはリスクをとって進めることができなかったのが現実です。



とはいえ、もう展望が見えなく、「転職」も考え出した中、
僕が下した決断は、


「お店を出そう!アカンかったら転職したらええやん」


そんな半ば開き直りの決心でした。


そんな本気の決心をした時に、

偶然にも、今のお店の物件を見つけました。


それまでも色々と物件をネットで探したりしてましたが、
やっぱり本気の決心が出来てなかったので、中途半端に終わってました。


そして、この物件を決めた理由のひとつ。

それは、

嫁さんが、

「ここ、いいんちゃう」

その一言です。


不思議なもので、普段優柔不断な自分も、

なぜかスーっと決めることができました。


結果として、この物件が非常によかったことは後述するとして、

最後の挑戦が始まりました。


もう崖っぷちです。


退路を断ち、前に進むしかない。


そんな心境で、

ジュエリーリフォーム・修理専門店
「箕面のちいさな宝石屋」

をオープンさせました。






  

Posted by kosshii46 at 15:46Comments(0)社会人の振り返り
コラムはちょっと休憩。

今日は読んだ本のご紹介を





慟哭の海峡

門田隆将 著



電子書籍キンドルであっという間に読み終えました。


あの、「アンパンマン」の作者である、

やなせたかし さん。


その、やなせさんの弟でもある

柳瀬 千尋 さんを主題とした

戦時中のお話。


「アンパンマン」の誕生には、

この弟さんへの思いも込められているんですね。


その場を想像せずにはいられないリアリティ溢れる
ノンフィクションでした。


今の時代に生きられるのは幸せなこと。


より強く感じさせられる一冊です




  

Posted by kosshii46 at 16:00Comments(0)オススメの本
続けます!!


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過去の記事

第一回 社会人生活の振り返り 【卒業~阪急交通社入社時代(1997)】

第二回 【直心寮(1997~1999)】

第三回 【阪急ブルーインズとの出会い

第四回 【人事異動(1998)】

第五回 【上昇気流(1998~1999)】

第六回 【西へ・・(1999)】

第七回 【決断~リスタート(2000)】

第八回 【越野宝商に入社(2000~2001)】

第九回 【ブルーインズの躍進(2000)】

第十回 【意識の低い宝石屋の二代目(2001~2005)】

第十一回 【阪急ブルーインズ二度目の挑戦(2001)】

第十二回 【阪急ブルーインズXリーグ昇格(2003)】

第十三回 【まさかの悲劇(2004~2006)】

第十四回 【新しい船出(2008)】

第十五回 【誇らしい出来事】

第十六回 【大逆転劇(2003~2004)】

第十七回 【インターネットに挑戦(2008~2009)】

第十八回 【転機(2008~2010)】

第十九回 【ブルーインズ 苦しみの果てに(2005~2010)】

第二十回 【出口の見えない迷路(2009~2011)】


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なかなか、うまくいかず、行き詰まり。

そして焦りばっかりが募る一方・・・。


立ち止まって真剣に自分の立ち位置を考えました。


いろいろな書籍からたくさんのインプットをするも、
なかなか行動(アウトプット)に移せない現実。


ただ、そのインプットの中から、これならもしかして・・・

という知恵を学びました。


ビジネス的な用語で言うと、

「ランチェスター戦略」


詳しい内容は専門書に譲るとして、

小さな会社が取るべき戦略を指南したものです。


お金もない、商品力もない・・

地元にコネも何にもない・・。


そんな自分でもこれならやってみる価値があるのかな・・と。


自分の仕事に置き換えると、

・ 商品戦略

いままでは「宝石のことなら何でも言ってください~!」
って感じだったのを、「宝石のリフォーム(作り変え)、修理を専門にやってます!」

とう風に変える


・ 地域戦略

いままではネットなどを使って、

「全国各地からのお客さま大歓迎~!!」
って感じだったのを、「箕面を中心として北摂に根ざしてやってます!」

という風に変える。


簡単に言えば、

「北摂地域でジュエリーリフォーム・修理のお店で一番になる」

って目標です。


まずは、チラシを作りました!!


とは言え、お金もないので、


自作、そして手配りです。


住宅地図を購入して、毎日毎日、地区ごとにポスティングをしてまわりました。


ちょうど、真夏だったので、

短パン、Tシャツ、そしてウエストポーチにドリンクを入れて、

汗だっくだくで周りました。



照りつける太陽、

乱反射するアスファルト、

まさに灼熱地獄。


でも、今できるのはこれしかない・・。


そう思って、一心不乱に配り続けました。


中には、「チラシいれんとって~」
などお叱りをいただく家庭もありました。


おかげさまで地域の道が詳しくなりました(笑)


いつの時間に配ると、お客さまに手にとってもらいやすいか?

色んなことを考え実践を繰り返しました。


「チラシを見てお電話したんですけど・・」 

そんな風に初めて、お電話をいただいた時の喜びは今でも忘れません。


お伺いして、宝石のお修理のお仕事をいただきました。


一生懸命、お客さまが喜んでいただけるように対応しました。


配った枚数から何件電話がかかってくるか・・


気も遠くなるほどの数字です。


中には、お店がないことに不信感を覚えて、ご依頼されるのに躊躇
される方もいました。


でも、自分にできることはそれしかない・・。


そう思いながら、日々実践を続けました。



おかげさまで今は、お店を構えるようになり、

ポスティングもエリアを広げて、

かつ、専門の業者さんに外注をしています。


でも、あーやって初心に立ち返って、

自分でポスティングをするのもいいかなって思います。



お客さまのありがたみをきっと再認識させてくれるから。




業績に改善は見られないものの、

ドトールでお茶をして時間をつぶしていたころに比べて、


汗かいて、一心不乱に歩きまくってたこの時期はまだ精神的にも
落ち着いてたのかなって思います。




「北摂地域でジュエリーリフォーム・修理のお店で一番になる」

ちいさなちいさな一歩を踏み出しました。




  

Posted by kosshii46 at 10:00Comments(0)社会人の振り返り
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第三回 【阪急ブルーインズとの出会い

第四回 【人事異動(1998)】

第五回 【上昇気流(1998~1999)】

第六回 【西へ・・(1999)】

第七回 【決断~リスタート(2000)】

第八回 【越野宝商に入社(2000~2001)】

第九回 【ブルーインズの躍進(2000)】

第十回 【意識の低い宝石屋の二代目(2001~2005)】

第十一回 【阪急ブルーインズ二度目の挑戦(2001)】

第十二回 【阪急ブルーインズXリーグ昇格(2003)】

第十三回 【まさかの悲劇(2004~2006)】

第十四回 【新しい船出(2008)】

第十五回 【誇らしい出来事】

第十六回 【大逆転劇(2003~2004)】

第十七回 【インターネットに挑戦(2008~2009)】

第十八回 【転機(2008~2010)】

第十九回 【ブルーインズ 苦しみの果てに(2005~2010)】


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さて、拠点を箕面に移し、新たなスタートを切ることとなりました。


そこには何のツテもなく、

単に嫁さんの実家があり、学生時代の友人が少し住んでいる。

その程度のものでした。


自宅の一室を事務所利用でスタートしました。


全く売上に見込みもなく、少しでも経費を抑えないといけない。


どこかに事務所を借りよう。


そんな選択肢は考えることができませんでした。


仕事場と家庭が同じスペースにある。


この中で、自分を律しながら仕事をすることはなかなか大変でしたが、
自分の中で公私をきっちりわけるルールを決めて取り組んでいました。


でも、もちろんリビングに場所を移せば、くつろげる空間があるので、
そこでサボってたこともあります・・・。


「地域密着で小売業をしたい!」


そんなおぼろげな理想を描いても、実際は、行動に移すアテもなく、
従来通りの卸販売のセールスを続けてました。


朝、メールチェックを事務所で済ましてから、大阪、京都、そして神戸
などに足を運び得意先を訪問します。


でも実際、得意先の店頭でお話する時間なんてしれてます。


移動に時間がかかるっていったってそれもしれてます。


簡単に言えば、


仕事がないんです。

やることがないんです。


仕事がないから、じゃあ帰ろう。


そう考えても不思議ではないのですが、早々に帰るってのも、
嫁さんに不安を与えるし、なかなか難しかったです。


そんな時の僕のお友達は、

ドトールのコーヒー。

そしてビジネス書を含めた本。


今、思えばかなりの時間をそうやって過ごしていたように思えます。


将来が不安なんです。

何かにすがりたいんです。


何かヒントがないか?


ひたすら本を読んだり、人の話を聞いたりしました。


でも、インプットばかりで頭でっかちになって、

「行動」というアウトプットがまったくできてませんでした。



そんな最中に長男が生まれ、嬉しく幸せな一方、

さらに責任と重圧がのしかかり・・。



出口の全く見えない迷路に入り込んだようでした。


転職も考えました。


深夜、コンビニでバイト。


早朝、新聞配達。

などの副業。

いろんな選択肢も考えました。


でも、それすら行動に移せずに時が刻々と過ぎていきました。


たとえ自宅兼事務所とは言え、家賃を含め色々な経費がかかってくるわけです。


もちろん生活費も捻出しなければなりません。


利益でその経費を賄えない。

すなわち赤字というやつです。


そんな月が多くなってきました。


不安で不安でたまらない。


心折れそうな時が何度もありました。


でも、折れるわけにはいかないんです。


自分には家族と子供がいるんです。



何とか踏ん張らないと・・・。


とある決断をする時が近づいてました。












  

Posted by kosshii46 at 11:46Comments(0)
お店での「パールフェア」も終わってひと段落

ブログは続けます。


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第五回 【上昇気流(1998~1999)】

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第七回 【決断~リスタート(2000)】

第八回 【越野宝商に入社(2000~2001)】

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第十回 【意識の低い宝石屋の二代目(2001~2005)】

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第十二回 【阪急ブルーインズXリーグ昇格(2003)】

第十三回 【まさかの悲劇(2004~2006)】

第十四回 【新しい船出(2008)】

第十五回 【誇らしい出来事】

第十六回 【大逆転劇(2003~2004)】

第十七回 【インターネットに挑戦(2008~2009)】

第十八回 【転機(2008~2010)】


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プライベートに話を戻します。


トップリーグに3年在籍するも、

再度、2部リーグに降格。


出直しを強いられた阪急ブルーインズ。


当然、皆の願いは

一年でトップリーグに返り咲くこと。


ただ、なかなか歯車が噛み合わず、

リーグで優勝することもままならないと年が続きました。


「どうやったら勝てるねん・・・」


昔からいたメンバーは、いつもそう嘆き、苦しみぬいた時期を送りました。


先にお話したように、会社が倒産の危機を迎えたとき、

ほんの少しチームを離れましたが、

多くの時間をブルーインズに注ぎ込みました。


勝てない苦しみはもちろんのこと、

この時期で一番つらかったのが、

一緒にがんばってきたメンバーが、

年齢のこと

体力のこと

そして、社会人という立場上、転勤などを理由に、

1人、2人とチームを離れていったこと。


とてもつらかったです。


でも、一方で、

転勤などはなく、そして父親のおかげで恵まれた環境にあった自分は、

「チームを止む無く離れていった仲間のためにもこのチームを一部に昇格させる」


そんな使命を持って、頑張ったのがこの時期だったと思います。


なかなか勝てなくても、

往生際悪く、来る年も来る年も、1部昇格に向けてがんばりました。


しかし、

寄る年波には勝てず

とはよく言ったものです。


2010年のシーズンを持って引退をすることになりました。


高校 3年間
大学 4年間
そして社会人で13年間。

20年間をフットボールの選手として過ごすことができました。


怪我も多くしましたが、こうやって20年間フットボールができたことは
今思っても幸せなことだって強く思いますね。


たいした選手ではない自分がここまで出来たのは、


自分で言うのもなんですが、

「無事是良馬」

のタイプだったのかもしれません。



そして翌年からは、

チームからの要請をいただき、コーチとして関わらせていただくこととなりました。

ありがたいことです。


一部に昇格できなかった無念を、違う立場で追い求めることになりました。


今日はこのへんで。



  

Posted by kosshii46 at 15:40Comments(0)社会人の振り返り


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第五回 【上昇気流(1998~1999)】

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第七回 【決断~リスタート(2000)】

第八回 【越野宝商に入社(2000~2001)】

第九回 【ブルーインズの躍進(2000)】

第十回 【意識の低い宝石屋の二代目(2001~2005)】

第十一回 【阪急ブルーインズ二度目の挑戦(2001)】

第十二回 【阪急ブルーインズXリーグ昇格(2003)】

第十三回 【まさかの悲劇(2004~2006)】

第十四回 【新しい船出(2008)】

第十五回 【誇らしい出来事】

第十六回 【大逆転劇(2003~2004)】

第十七回 【インターネットに挑戦(2008~2009)】


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さてと、仕事、そしてフットボールが中心のコラムになってますが、

このことだけはお話しておかないと・・。


新たな道を模索し続けたちょうどこの頃、

今の嫁さんとの出会いがありました。


仕事関係で知り合ったご年配の方から、

「越野クンは意中の子はいるの?」

なんて聞かれたのを覚えてます。


その方の娘さんの親友が今の嫁さんでした。


ご紹介いただき、とんとん拍子で話が進み、あっという間に

婚約、そして結婚。


出会ってからちょうど1年で結婚。


そんなこともあるんですね。


でも、仕事の先行きがまったく見えない中、

よくぞ結婚をしてくれたなって・・。感謝、感謝。



プライベートなことはそのあたりにしておいて、

何か仕事のヒント、打開策を見つけようと、


当時は色々なビジネス書の類のものを乱読してました。


本などまったくの無縁の自分がすがる気持ちで、

色々な種類の本を読みました。


そして色々なセミナーや異業種交流会にも参加しました。



じゃあ、そこで何かヒントを得れることができたのか?


と問うと、そうでもないのですが、


人との出会いが自分のそれからの人生の羅針盤のようになってくれたのも事実です。



デパートや宝石店に商品を卸す仕事がメイン。


でも、非常に苦しい状況。


インターネットでの商品販売。


新規参入者が多い上に、先に話したように取扱商品の供給問題が浮上。


こちらも将来性には乏しく感じ・・。



そういう仕事をしながらも、


知人・友人から結婚指輪や婚約指輪のご相談も受けてました。


「こっし~=宝石屋」


そんなイメージは知らず知らずに浸透していったんでしょうね。


自分で言うのもなんですが、昔から、多くの友達に恵まれていて、
そんな友達が結婚をするとなると声をかけてくれるようになりました。


何気に対応しつつも、そんな指輪を買ってもらった友人が、


結婚式なんかで、僕のほうに笑顔で指輪を見せてくれるんですよね。


そのたびに嬉しい気持ちにさせてくれました。



あまり、それまでは深く考えてなかったけど、


仕事に行き詰ったとき、将来を考えた時、


こうやって直接エンドユーザーさんに商品を販売して、

笑顔になってくれるのを見ることができる。


小売業にチカラを入れていこう!!


そう思うようになりました。



ちょうど時期を同じくして、

嫁さんのお腹には子供が。



当時、大阪の南船場のマンションを住居兼仕事場として使ってました。


結婚して数ヶ月はそのマンションに住んでいたのですが、


子供が出来るとなると、嫁さんの実家の近くにいた方が何かとチカラに
なってもらえるし。

そう思い、嫁さんの生まれ育った町、箕面市に引っ越すことを決めました。


卸の方の仕事の低迷が続き、

そして小売を始めるにしても、まだまだ暗中模索の状態。


引っ越した自宅を拠点にして、新たな道を歩き始めました。
  

Posted by kosshii46 at 11:53Comments(0)社会人の振り返り


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第八回 【越野宝商に入社(2000~2001)】

第九回 【ブルーインズの躍進(2000)】

第十回 【意識の低い宝石屋の二代目(2001~2005)】

第十一回 【阪急ブルーインズ二度目の挑戦(2001)】

第十二回 【阪急ブルーインズXリーグ昇格(2003)】

第十三回 【まさかの悲劇(2004~2006)】

第十四回 【新しい船出(2008)】

第十五回 【誇らしい出来事】

第十六回 【大逆転劇(2003~2004)】


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思わぬ形で新たな会社を立ち上げ、

社長となり、ほんの危機感を抱きだしたものの、

やってることは特に変わりのない状況。


時代の流れでしょうか・・

少しづつ、少しづつ得意先の業績の悪化とともに、

当社の業績も落ち込みを見せ始めてました。


でも、「時代の流れ」や「得意先」

のせいにしていますが、実際はそうじゃなかったんですね。


ただ、単に自分が何も新たな取り組み・チャレンジをしなかっただけのことです。


よく、


「変わらないことが最大のリスク」


なんてことを聞きますが、まさしく当時はその最大のリスクを
背負って仕事をしていたんだと思います。


でも、もうその時は誰にも頼ることができない状況でした。


何か新たなことをしないといけない。


そんな危機感を感じて、目をつけたのが、


「インターネット通販」


とても安直な考えです。


当時、ちょうど「EC市場」の増加が色々なところでクローズアップされてました。


個人的にこのようなブログをしていたのですが、
ホームページを作って、商品を販売する。


そのような経験もなく、まったく無知の中、

大阪の産業創造館で開催されている、

「ネットショップの塾」

のようなものに申し込み、数ヶ月間通って勉強しました。


同じようにネットショップを開設したいという方が

たくさん参加されており、


次々とホームページを立ち上げていかれました。
(あとで聞くと、この塾でホームページを立ち上げて、一時は軌道に乗っても、
なかなか長く続けれる方はいなかったそうです・・。それだけネットショップで生計を
立てるというのは至難の業なのかもしれませんね・・)


そんな中、僕は頭で理解してても、

いざホームページ制作のソフトを前にすると、尻込みして、
なかなか行動できない状況が続きました。


勝手に自分の中で、

「ホームページは専門家に頼むもの、

素人が作ったところで結局はたいした成果もでない・・」


そんな風に考えました。



僕が考えてたインターネット通販。


宝石はなかなかインターネットでは売れないだろう・・


ただ、自社が扱ってるメーカーの結婚指輪・婚約指輪のブランドを
安価で売ればいいだろう。


それも自分で考えたわけでなく、


すでにそのやり方でたくさん販売されてるお店があるの情報を
聞きつけ、「二番煎じ」でやってみようと考えたわけです。


しかも、そのお店が提供してる値段の下をくぐって・・。


お恥ずかしながら、今考えてみると、

ありえない戦略です。



そのありえない戦略を、


自分で作るのではなく、専門家に作ってもらう決断をしました。



僕が始めて「リスクを取った」決断だったのではないでしょうか・・。



ホームページの外注の費用だとか、


内容だとか、勉強してたとは言え、実践者に比べてみたらほんと無知な状況。


そんな時に出会ったホームページの制作会社にお願いすることに。



満足のいくデザイン、そして内容のホームページに仕上がりましたが、

あまり今ではいえないお金を払ったものです(笑)



立ち上げて3ヶ月ぐらいだったでしょうか・・


初めて商品が売れました。


嬉しかったですね~。


勝手にホームページが営業してくれるんですから・・。


その後、安直でありながらも、

ブランドの結婚指輪が、月に10本以上売れました。



お店に現品を見に行って、実際ネットで買う。


そんな消費者のニーズに応えたわけです。



もちろん初期投資にかなりのお金がかかったので、
回収するにはそれなりの時間がかかりましたが・・。


その後のそのビジネスモデルは??


店頭で取り扱ってる店舗が、
メーカーにクレームを出し、結局、メーカーリアルな店舗(実店舗)を守るために、
そのメーカーが流通規制を行うようになりました。


まあ、高い授業料になりましたが、

今もインターネットの恩恵を多く蒙ってるのも、
その時の経験のおかげかなって思ってます。


インターネットビジネスに可能性をかけるも、

まだまだ先行きがつかめない状況。



並行して行ってる、卸販売の仕事も低調に・・。


どうしようか・・再び、光の見えない迷路に迷い込んでしまいました。









  

Posted by kosshii46 at 11:31Comments(0)
プライベートで旅行に行ってたり、

そしてお店では

「パールフェア」のイベント中。


ちょっとサボってしまったけど続けます。


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第九回 【ブルーインズの躍進(2000)】

第十回 【意識の低い宝石屋の二代目(2001~2005)】

第十一回 【阪急ブルーインズ二度目の挑戦(2001)】

第十二回 【阪急ブルーインズXリーグ昇格(2003)】

第十三回 【まさかの悲劇(2004~2006)】

第十四回 【新しい船出(2008)】

第十五回 【誇らしい出来事】


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仕事とプライベートの時期関係が揃わないですが・・


今日はプライベートな方で。


あいもかわらず当時はフットボール一色でした。


Xリーグで悲願の初勝利をおさめ、

チームの士気は高まり、リーグ2年目を迎えました。


ただ最高峰のリーグなだけあって、そうは甘くはありません。

1年目同様。上位チームにはコテンパンに叩きのめされる結末。


ただ、結果はなかなかついてきませんでしたが、


当時、スポンサー企業の阪急グループ様の福利厚生施設で

合宿をしたりと、学生さながらの取り組みをすることができました。


今は会社方針でそのような施設がなくなってしまってるのが残念ですが、
これも時代の流れなのでしょうか・・・。


皆が、それぞれに仕事を持ちながらも、週末には集まり、

そして、1泊と言えど、みんなで寝食をともにし、
フットボール漬けの日々を送ったことは今でもとても良い思い出として残ってます。



さて、話はリーグ戦に戻り、


このシーズンのベストゲームは、

確かリーグ第四節。


先の入れ替え戦でも対戦したことのある、

イワタニサイドワインダーズ


下馬評通り、ゲーム序盤は圧倒的な劣勢

第3クオーター残り数分まで0vs21。


そんな劣勢を最終第4クオーターで大逆転しました。


あきらめかけたチームを救ったのは、
その時のエースQB(クオーターバック)橋本慎司。


彼のあきらめない気持ちにチームが追随し、
最後は大きな波となって、相手を飲み込んだようなゲームでした。


高校・大学そして社会人とフットボールを続けてきて、
あんな逆転劇に出くわしたのは、後にも先にもありません。


フットボールって面白い。


そう思わせてくれる試合でもありました。



この貴重な一勝でリーグ5位。


ただなかなかXリーグのハードルは高く、

翌年にはリーグ最下位。


そして入れ替え戦敗退。


2部リーグからの出直しを強いられました。



こういうと不謹慎かもしれませんが、2部降格以降


ブルーインズの暗黒の時代が続くことになります。



今日はこのあたりで。



  

Posted by kosshii46 at 10:15Comments(0)社会人の振り返り
今でも心に残ってる話を紹介させていただきます。


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第三回 【阪急ブルーインズとの出会い

第四回 【人事異動(1998)】

第五回 【上昇気流(1998~1999)】

第六回 【西へ・・(1999)】

第七回 【決断~リスタート(2000)】

第八回 【越野宝商に入社(2000~2001)】

第九回 【ブルーインズの躍進(2000)】

第十回 【意識の低い宝石屋の二代目(2001~2005)】

第十一回 【阪急ブルーインズ二度目の挑戦(2001)】

第十二回 【阪急ブルーインズXリーグ昇格(2003)】

第十三回 【まさかの悲劇(2004~2006)】

第十四回 【新しい船出(2008)】


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少しプレイバックして、

ちょっとしたこぼれ話を。


得意先の倒産


その現時を受け止め、奔走した社長。


僕の記憶が定かではないですが、


その得意先の管財人の元、

倒産した会社の在庫商品を債権者が優先的に買い戻すことができる。


そんな会があったように思えます。


僕も確かちょっと顔を出した記憶があるのですが、


そこには得意先の社長の姿はありませんでしたが、
頭を垂れて、うなだれる社員の方々の姿がありました。


申し訳のない気持ちでいっぱいだったと思います。


結果はこうなってしまいましが、その社員の方々には本当によくしていただいてました。


その社員の方から後日、こんなことを聞かされました。


「越野クンのお父さんはあの時、頭を下げて謝る僕たちにこんな声をかけてくださった。

『君たちはまったく悪くない。悪いのは全て社長なんやから。
顔あげて、がんばって!!』

と。僕たちはあの言葉に救われました」

と。


それを聞きグッときました。


あの決して、少ないとはいえない金額。

そして会社の存続を危うくするほどの出来事。


その状況を目の当たりにする中でよく、そんな声をかけることができたなって。


今、僕が同じ出来事に遭遇しても、そういった対応はできないと思います。


そして、加えて、その倒産してしまった会社の営業マンを数名、

同じ業界の違い会社への口利きもしました。


おかげで、その営業の方は今でもとてもよくしていただき、
その会社で頑張っておられます。



一般的に考えたら、

得意先の業績を見極め、リスク管理できなかった社長が悪い

となるのですが、


僕は父親のとったその一連の言動を誇らしく思うんです。


因果応報って言ってしまっていいのかわかりませんが、

僕の生きかたのひとつの指針ともなる出来事です。  

Posted by kosshii46 at 11:12Comments(0)社会人の振り返り
ちょっとあいてしまいましたが、更新です。

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過去の記事

第一回 社会人生活の振り返り 【卒業~阪急交通社入社時代(1997)】

第二回 【直心寮(1997~1999)】

第三回 【阪急ブルーインズとの出会い

第四回 【人事異動(1998)】

第五回 【上昇気流(1998~1999)】

第六回 【西へ・・(1999)】

第七回 【決断~リスタート(2000)】

第八回 【越野宝商に入社(2000~2001)】

第九回 【ブルーインズの躍進(2000)】

第十回 【意識の低い宝石屋の二代目(2001~2005)】

第十一回 【阪急ブルーインズ二度目の挑戦(2001)】

第十二回 【阪急ブルーインズXリーグ昇格(2003)】

第十三回 【まさかの悲劇(2004~2006)】


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得意先の倒産。


目を背けたもなりましたが、現実を受け止めるしかありませんでした・・。



回収できないお金。


それは言うまでもなく、会社にとって死活問題だったのですが、


毎月の売上がグンと減ってしまうというダブルの問題を抱えるようになりました。


それから社長である、父親は


金融機関、税理士さん


その他、使えるブレインを総動員して不良債権の手当てに奔走しました。


そのあたりの詳しい話については隠すわけではないですが、
非公開とさせてください。


そして、先のブレインの中には弁護士の先生も含まれております。


フットボールチームに畑 さんという弁護士の先生がおられました。


同じポジションということでとても親しくさせていただいてました。


そんな異色のフットボーラーでもある畑先生にも当時、色々と
動いていただき、今でも感謝の気持ちでいっぱいです。


不思議なご縁ですよね。



その過程の中で、父親が考え、そして下した決断は、


「泰明(僕)に別会社を作らせて独立させる、

そして今の会社は緩やかにランディング(着地)させて廃業する」


というもの。


詳しいスキームを話すと、長くなりますが、


得意先、仕入先を全て、僕の会社に移行させて、
きれいな財務状況で1からスタートさせるというものです。



思わぬ形で、自分が社長に就くことになりました。


会社名は

「株式会社 ワイスタイル」


ワイ「Y」は自分のイニシャル。

そして、スタイル「style」は自分らしく


そんな思いをつけて新しい船出をスタートさせました。


得意先や仕入先、すべての理解をいただけたのも、
父親がよき関係性を築いてくれてたからこそ。


本当にそう思い、感謝の気持ちでいっぱいです。


資本金は100万円。


この後に及んでも父親のすねをかじってるダメ息子。


会社の実印を作り、


そして会社の登記をするところからスタートしました。




自分がやってきた会社を失う。


そんな父親の心中を察すると、心苦しいものがあったけど、

父親としては「代替わり」をするよいキッカケととらえ、
新会社の設立をとても喜んでくれました。


以降、父親は、こちらからアドバイスをもとめれば
色々と話をしてくれましたが、

それ以外は一切口を出さずに見守ってくれてます。


それは今でもそうです。


言いたいことの1つや2つはあると思いますが・・・。



得意先と仕入先。


ある程度の基盤がある中での起業。


恵まれていたと思います。そう考えるとゼロから起業した人
って本当にすごいなあっていつも思います。



いよいよ誰にも甘えることのできない、


自分が切り開いていかないといけない。


そんな危機感を持ち始めたのがちょうどこの頃です。






  

Posted by kosshii46 at 11:45Comments(0)社会人の振り返り